正藏院 海照殿
羽田七曲地藏尊由緒
はねだななまがりじぞうそんゆいしょ
羽田道(江戸道)と呼ばれている、要島(現在の羽田空港)にあった辨天社や稲荷社への江戸からの参道の途中、羽田街道から辨天橋に至るまで七曲があり、ここに海照山観藏院東照寺という寺院がありました。
年の市も立ち大変にぎわいました。しかし大正十一年に廃寺となり正藏院と合併しました。
院号の観藏院は、峯の薬師堂に引き継がれています。
跡地の近くには地藏堂があり、今もお詣りする人がたえません。
江戸幕府昌平坂学問所が編纂した「新編武藏風土記稿」によると観藏院は、「〔境内年貢地〕字仲町にあり。海照殿東照時という。
新義眞言宗にて是も高畑村寳幢院の門徒なり。本堂南向き四間半四方。本尊は地藏尊木佛座像にて長さ一尺ほど。開山は詳ならず。」とあります。
合併八十年記念事業として正藏院海照殿を建立し平成十七年に落慶、同二十一年に地藏菩薩と六童子を佛師籔内佐斗司先生が謹彫し安置いたしました。
地藏菩薩は左手に宝珠、右手に錫杖を持った座像で六童子を従えています。
安産子育満足をはじめ家内安全、事業繁栄、交通安全や開運成就など現世利益をもたらすと共に冥府の救済者として水子をはじめ
三界萬霊、有縁無縁の一切精霊を覚りの世界に導きます。
地藏菩薩の御眞言をお唱えして羽田七曲地藏尊をお参り下さい。
御眞言
オン
カカカ
ビサンマエイ
ソワカ
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